これってパワハラ?私のパワハラ体験談

パワハラに負けない心と対処法について解説するサイト

パワハラは相談できる人が一人いるだけで乗り切れる。

【研修講師が私の上司に】嫌な予感は的中しました。

パワハラを受けたのは、まだ今ほどパワハラという言葉が認知される前のことです。入社してからの3年間でした。私の仕事は広告デザインを主に行っていて、うちの会社の社員数は、当時は今の2倍の90人弱でした。中小企業としては、人数が多いほうだと思いましたが、女性も結構多いなというのが入社当時の第一印象でした。

1週間の研修を受け、決意も新たにがんばろうと思っての研修最終日、最後の研修での講師は制作部の女性でした。当時のその女性の役職は課長でした。女性で課長って、凄いなと思いつつ、私も制作部として入社したので、多かれ少なかれ、この女性の方と関わる場面が多くなるかなくらいに思っていました。

その女性の研修が始まって直ぐにわかった事は、言葉がキツい印象でした。笑顔もなく、目つきも鋭く、少し怖い印象でした。後から同期のメンバーに聞いたのは、その時の女性は、前日に飲み過ぎて、二日酔いだったそうです。それにしても、威圧感があるなと思っていました。そして無事、研修も終わり、来週から、いよいよ制作部への配属だと不安と期待が入り交じっていました。

私が所属する部門は、企画部で7人のメンバーがいました。しかし、何とそこのメンバーに研修最終日に講師だった女性がいるではありませんか。とても嫌な予感がしました。私も含めて、同期メンバーは、その部署に3人が所属となり、各新人に担当メンバーがマンツーマンで付きます。そして、嫌な予感は的中です。私の担当は、その研修の講師の女性でした。(以下Aさんにします。)

飲めないお酒を強要、上司のパワハラは精神的に限界でした。

Aさんは、よろしくと気さくに声を掛けてくれました。その時、何だ、私の勘違いかと思いました。あの時は二日酔いでたまたま、機嫌が悪かっただけなのだと思いました。しかし、現実は違いました。毎朝、Aさんにコーヒーを入れる。Aさんの机を拭くなんていうのは、新人の仕事だと割り切っていました。当たり前だとさえ、思っていました。

1週間後の夜、新人歓迎会だという事で、その部署だけの飲み会がありました。私は正直、お酒がまったく飲めません。しかし、Aさんは、お酒を強要してきました。しかたなく、無理矢理、お酒を飲み、案の定、トイレで吐いて戻ると、またお酒を強要してきます。以後、飲み会は、絶対に断れず、飲まされました。一回、家の事情で断った事があったのですが、次の日の絵に描いた様な冷たい対応が辛くて、断れなくなりました。

仕事場でも、ある日、Aさんが制作したデパートのチラシを印刷し、お客様に納品した時、カシミヤのコートに靴下の値段が、カシミヤの靴下にコートの値段という大きなミスを、Aさんのミスなのに、私の校正が甘いからと言われ、お客様にも、私のミスという扱いにされてしまいました。私はもう精神的に限界で、自分の仕事も集中出来なくなり、同期や部署の話しやすい上司に相談をしても、Aさんじゃしょうがないなと言われ、会社内では、Aさんは野放し状態だと言う事がわかりました。

みんな言うに言えない様な感じでした。そんな毎日が続きます。我慢の日が続き、気がつくと、私から笑顔が消えていました。他の部署の同期が、笑顔で楽しそうに仕事をしている姿を見て、嫉妬もしましたし、恨んだりもしました。そう思うと余計に会社へ行きたくない日々が続きました。

たった一人の存在に救われる思いでした。

そんな時に、同じ部署の同期の女性が心配してくれて、食事に誘ってくれました。そして、私も溜まっていたのでしょう。物凄く、愚痴や話をしてしまいました。その女性はうんうんと聞いてくれていました。でも、そのおかげで、物凄くスッキリしたのを覚えています。

以後、その女性とは仲が良くなり何でも話せる関係になり行きたくなかった会社へも、少しずつ前向きになっていったのを覚えています。今はその女性は結婚をして辞めてしまいましたが、本当に感謝しています。でも、この経験で得たものは大きなものでした。自分についた部下への対応は勿論ですが、話を聞いてくれる人が一人いるだけで、何でも乗り切れるという事です。

部下にも、その話は教訓として話す様にしています。何でも話せる人が、職場で出来なければ、地元の友人でもいいと思います。そういう人が一人いれば、心が前を向けると思います。